ここはちょっと見せられない

ぜったいぜったい見せられない

本当にそれは懐かしいのか

NHKで、里山発見、「懐かしい」景色、ってやつを放送していた。
そのようにアナウンサーがはっきり言っていた。

誰にとって懐かしいんだろう。

このメディアに踊らされて、なぜか子供が洗脳されてしまって、里山を見て
「懐かしい」という。
子供はこのような景色を実際に見たことは無いし、その場に居たことも無い。
でも「懐かしい」。せいぜい10歳くらいの子供の口から「懐かしい」と出る
異様さは、私にはかなり気持ちが悪い。

この「懐かしい」ブランドに踊らされて、「懐かしいものは良いもの」的な
刷り込みがあることには気をつけたい。

その懐かしい時代には、女性の選挙権は無かったし、赤紙で招集されることが
あったわけだし、山賊もいたし、殺されて埋められていても立件されず放置された
ことも多かったのではないかと思う。
実際、川に赤ちゃんを流す、ということもあったんじゃないか。
子殺し、親殺しは普通にあったはずだ。そして自分で死にいたっても、問題視は
されなかったんじゃないか。

かと言って、今の時代は自由に死ねないし、なぜかわからないが現代は息苦しい
みたいな刷り込みを持っていることに気がつく。

結局、隣の芝生をみてるだけじゃないか。
人間の性質として、いいところだけを見て懐かしむ、という妙な心理現象を
持っているんだ。

そう考えると、「懐かしい」という言葉は、「今手にしていない、別の場所に
ある良いものや事を見たり感じたりして、心の拠り所をもつ作業」だって
いうことなのかな。


果たしてそれになんの意味があるのだろうか。さっぱりわかりません。教えてエライ人。